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バフェット氏の話 (WSJの記事から)- その4 

Warren Buffett, Unplugged
By SUSAN PULLIAM and KAREN RICHARDSON
November 12, 2005

(以下、上記のWSJの記事の邦訳です)

(今週前半のエントリー”バフェット氏の話 – 1, 2, 3”の続きです。)

その日の午後、バフェット氏は再保険を扱うNational Indemnityの経営者Ajit Jainに電話をかけました。その時、メキシコ湾でハリケーン・リタ(元のWSJの記事ではウィルマですが、WSJは後に訂正しています)が勢力を強めていました。Jain氏との5分間の会話の中で、バフェット氏が”スーパーキャッツ“または大災害(の保険)に対するバークシャーの(再保険事業)の関わりを大幅に削減する判断を昨年下したことが話題となりました。

「もし今年のハリケーン勢(複数)が昨年、または2~3年前に起こったとしたら、我々のロスは割合としてどれ位の損失になっていたと思いますか?(バフェット氏の決断が実行される前)」とバフェット氏は、Jain氏にたずねました。

「最悪の場合、100%です。」とJain氏は答えました。 (災害に対する)関わりを削減したにも関わらず、バークシャーは、その年(2005年)の第3四半期は、ハリケーン等によって約30億ドルの損失を計上、前年の同期と比べ48%下落の5億8600万ドルの純利益となっていました。(つまりバフェット氏の判断によって、被る可能性があった損失を大幅に減らし、ハリケーン関連の損失を含めても、全体としては黒字の決算となった。)

ハリケーン等に対する(保険の)関わりを減らすことにした様なバフェット氏の判断は、彼の後継者への継承を難しい問題にさせています。54才のJain氏は、バフェット氏が取締役会に推薦した彼の後継者の3人の候補者の一人と思われています。

(バフェット氏の)後継問題は、最近の取締役会において大きな議題となっています。「我々は、その事にたいして最近まで(やらずに)引き延ばしてきましたが、今は多くの時間を費やして積極的に取り組んでいます。」とバークシャーの81才の副会長でバフェット氏に最も近い補佐役のCharles Munger氏は語っています。

「もう一人のウォーレンを得る可能性はゼロです。」とMunger氏は語ります。しかし、バークシャーがそのことで困難な状況に陥る懸念を否定しています。彼は、バークシャーは、“関連会社・子会社の事業ユニットに対する強力な独自の判断権限を与える事と官僚主義を嫌う文化”で引き続き非中央集権の体制で運営されるだろう、と語っています。「バフェット氏に推薦された3人の候補者は、バークシャーに“たくさんの良いオプション(選択肢)”を提供してくれています。」

バフェット氏は、過去数年の間、多くの魅力的な投資案件が見つからなかったため、バークシャーに約400億ドルの現金が蓄積することを許容してきました。何人かの投資家は、(バークシャーの)株主達は、その様な巨額の現金を会社が持ち続けることに対して、バフェット氏がいなければ、我慢し続けることはできないだろうと考えています。

バフェット氏の後継者は、投資案件や買収の選択において、バフェット氏が行うのとまったく同じ様にはできないでしょう。 バフェット氏は、(その会社を)見れば魅力的な買収案件(かどうか)が分かると言います。「もし、それが5分から10分で分からなければ、」「10週間たっても分からないでしょう」とバフェット氏は言っています。

(引用終わり)

4回に渡ってしまいましたが、これでWSJの記事は終わりです。皆様の参考にはなりましたでしょうか? このWSJの記事は、私にとっては、新らたなバフェット氏の一面を知る機会となりました。バフェット氏の投資手法は非常に有名ですが、投資にいたるまでの判断過程、買収した企業の運営の仕方等に関しては、私は知りませんでした。記事の中でも何回か触れていますが、バフェット氏の投資の判断に費やす時間はかなり短いようです。巨額な投資の判断を非常に短時間で決め、長期的にわたり成功を収めていると言うのは、驚異的です。また、買収した企業に経営を任せ、それで大きく成功させていると言うのも、並大抵のことではないことだと思います。 今回のエントリーの部分は後継者問題について取り上げていますが、それから2年後の今はかなり落ち着いてきたように思えます。

2年前の記事でしたが、バフェット氏が言っていることは、今言っていることとまったくずれていません。本当に、彼のスタイル・発言は首尾一貫していると思います。尚、今週火曜日(12月11日)のFOMCのミーティングの日にCNBCがバフェット氏にインタビューを行いました。このインタビューに関しても、この(米国時間の)週末に取り上げる予定です。

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バフェット氏の話-その3 (WSJより) 

(これは、Wall Street Journalの記事の邦訳です。昨日、一昨日のエントリーの続きです)

オマハ生まれ、オマハ育ちのバフェット氏は、 価格が低く、潜在価値の高い株を買うことを説いた“value”投資家の本家Benjamin Grahamの指導の下で、投資を学びました。彼は、1951年にオマハの彼の父親の経営する証券会社、Buffett-Falk&Coでブローカーになりました。それら3年後、ニューヨークでグラハム氏の下で働きました。1965年にバフェット氏は、マサチューセッツのNew Bedfordで設立された織物工場のバークシャーの経営権を手に入れました。その後、しばらくして、彼はオマハの保険会社National Indemnityを買収し、バークシャーに2000万ドルの資産を与えました。

数十年の間に、バフェット氏はGeneral Reや自動車保険会社のGeicoを含むいくつかの大規模な保険会社を傘下に加えました。彼は、ペンキ塗りのBenjamin Moore & Coから、下着メーカーのFruit of the Loom Inc至るまで、多岐に渡る製造や小売業の様々な会社も手に入れました。

その日、Freund氏と話をした後、バフェット氏はバークシャーの事業ユニットのトップ3人から電話を受けました。そのいづれの会話も長い話ではありませんでした。彼は、殆どの時間を、アドバイスすることではなく、聞くことに使います。「(Berkshireの子会社の)CEO達は私と話をしても、私から何をしろと言われるとは思っていません。」とバフェット氏は述べました。バークシャーが会社を買収する前提となる必要条件は、その会社の経営陣が下す判断を信じることです、と彼は言いました。

昼頃に、David Sokol氏(BerkshireのMidAmerican Energy HoldingsのCEO)から電話がかかってきました。Sokol氏は保留になっていたMidAmericanがPacificCorpを51億ドルの現金と43億ドルの借金をひきとる買収案を政府が許可したことをバフェット氏に伝えました。その時、バフェット氏は、受話器を彼の肩とあごで挟み、両手を頭の後ろに回して、Sokol氏の話にうなづいていました。

バフェット氏は、投資は長期で取り組み、その途中経過で多少浮き沈みがあっても、途中で投げ出したりしません。Sokol氏は、2004年の8月のミーティングのことを思い出していました。そのミーティングにおいて、彼はバフェット氏にIowaの事業において、酸化亜鉛のプロジェクトで、3億6000万ドルの損失を計上する必要がある、と言う話を伝えることを計画していました。Sokol氏は、(そのニュースに対する)バフェットの返事(反応)に驚愕しました。

「デービッド、人は誰でも、失敗することはあります。」

そのミーティングは10分で終わりました。

「もし私が彼だったら、私をとっくに首にしています。」とSokol氏は言いました。

「もし、あなたが失敗をしない(様にする)のであれば、あなたは決断をすることはできないでしょう。」とバフェット氏は言いました。

「それらについてゆっくり考えることもできないでしょう」 

バフェット氏は、彼がSokol氏が犯した失敗よりも、はるかに大きな失敗をしていると言いました。

(引用終わり)

最後のくだりを読んで、Sokol氏ではないですが、私も衝撃を受けました。これに関して語ると陳腐化してしまう気がするので、ここではコメントしません。

昨日、後一回で終わると書きましたが、あともう一回あります。

バフェット氏の話-その2 

昨日のエントリーの続きです。以下、昨日エントリーで引用したWSJの記事の邦訳です。

ここ数年もの間、全てのBerkshireの投資がうまくいったわけでは、もちろんありません。1998年に、バフェット氏は航空機の部分使用のリース会社のNetJets Incを、その会社の創業者との20分間のミーティングした後、7億2500万ドルの現金と株で買収しました。売り上げは急速に伸びましたが、その会社は、2003年に、ヨーロッパにおける厳しい競争の中、税引き前の損失として4100万ドルを計上したことを含め過去3年間、毎年赤字となりました。Berkshireが株式による4億2000万ドルで買収した靴の製造業のMaineのDexter Shoesは8年間低迷を続けました。そして、2001年の後半にBerkshireの別の事業部が吸収し、2億1900万ドルの損失を計上しました。

時折、その様な深刻な問題のため、バフェット氏は彼の干渉しないアプローチを放棄せざるを得なくなる場合があります。 数年前、Berkshireの再保険(保険会社が引き受けた保険の一部または全てを他の保険会社が引き受ける)の事業ユニットのGeneral Reにおいて、条件の悪い保険契約と複雑な金融派生(デリバティブ)製品による問題が表面化しました。バフェット氏は、株、債権、その他の証券に関する時価と密接に結びついた金融派生製品に対するその会社との関わりを減らす様に動きました。彼は、後に、それら(デリバティブ商品)を“金融の多量破壊兵器”だと呼びました。

今年の初め、取締り官がGeneral Reが2000年に行ったAIGとの取引に対して調査を開始しました。彼らは、AIGが投資家を欺くために帳簿の操作を行った疑いについて、そして、Berkshireの事業ユニット(General Re)の経営陣がその取引が不正なものであったことを知っていたかについて調査していました。バフェット氏は、調査官に対して疑いのある取引に関する詳細は知らなかったと答えました。調査官は、彼が不正に関わるどの様な告発も行っていません。

最近の水曜日の朝、ちょうど9時前に、バフェット氏は、ナンバープレートに“THRIFTY”(倹約な、と言った意味の他、繁栄、注意深い管理といった意味があります)と書かれたねずみ色の(slate: ちょっと紫がかった灰色)リンカーン・タウン・カーで、オマハのタウンタウンの駐車場に車を入れました。バフェット氏は、気力の衰えなどみじんも感じさせずに素早く歩いて、外には何も表示がない一階建てのBerkshireの本社のビルに向かいました。最近、医者の助言から、週に3日の個人トレーナーと運動する養生法を取り入れています。「私はいつも気分が良いです・」と普段の食事はハンバーガーとソフト・ドリンクに偏っているバフェット氏は言いました。

(コメント)今年のテレビのインタビュー(CNBCかFBNのどちらか)でバフェット氏は、「医者からワークアウト(日常の運動・トレーニング)をするか、それともハンバーガーをやめるか、どちらかにしなさい。」と言われて、ワークアウトをすることにした。と言っていました。

バフェット氏は、彼のアシスタントと簡単な会話をした後、急いで彼のあまり大きくないオフィスに入り、ドアを閉めました。そこには、コンピュータはありません。そして、株価を表示する機器や株の情報端末といったものもありません。彼は、テレビを無音声(ミュート)の状態にしたまま、ファイナンス・ニュースのCNBCに番組をセットします。バフェット氏は、外出の際、時々携帯電話を持ちますが、オマハでは携帯電話を使いません。彼は、電卓を机の上には置かず、殆どの計算を自分の頭でする様にしています。(することを好みます) 殆どの投資の判断に厳密・正確な数字は必要ない、と言っています。バフェット氏の机の後ろのキャビネットには、ウォールストリートの彼のブローカーに直通する二つの黒い電話があります。

バフェット氏がやっと落ち着いて席に腰掛けたところで、その二つの電話の一つが鳴りました。それは、彼の長年のブローカーのCitigroupのJohn Freundからの電話でした。Freund氏は、バフェット氏にBerkshire向けに積んでいる株式のポジションについて簡単に説明しました。「もし我々が数100万(株)買えているのであれば、それで結構です」とバフェット氏は言い、Freund氏にその日に彼がどれ位の株を買いたいのかの基準を与えました。(バフェット氏は、それがどこの株なのかについて明らかにすることは断りました)

その日の終わりまでに、バフェット氏はBerkshireの投資ポートフォリオ向けに14000万ドル分の株を購入しました。それは、多くのミューチャル・ファンドの総額に相当する額です。その様な大きな取引を行っているにも関わらず、バフェット氏の机には株の調査リポートの様なが散らかったりはしていません。「私は、アナリストや予言者を使いません」「もし私が使わなければならないとしたら、私はどれ(だれ)にすべきなのか分かりません」

Freund氏は、バフェット氏が株を買う際、彼は、他の投資家が判断する上で気にする事柄、例えば景気の状況などと言ったものにはあまり気を配らないと言っています。取引を行う上で「彼は、Fedが何を行おうとしているのか待ったりしません」、とFreund氏は言います。バフェット氏は、他の顧客よりも早く動きます。「投資コミッティー等はありません」「それが彼が即断できることを可能にしています」

バフェット氏は、Freund氏に多様な取引を行わせています。例として、2003年に、バフェット氏は中国の石油会社のペトロ・チャイナの株を購入しました。Freund氏は、香港の市場が始まるオマハ時間で午後9時にしばしばバフェット氏に電話をかけました。その時間は、通常バフェット氏が家でスウェット・シャツでリラックスしながらブリッジをオンラインで遊んだりしています。彼は、注文をするため、彼のゲームを中断します。

ある晩、2億株のまとまったペトロチャイナの株が市場に出た時、Freund氏はバフェット氏に彼がどの程度興味があるのか計るため電話をしました。「入札しましょう」とバフェット氏が言ったことをFreund氏は覚えています。その夜遅く、香港のブローカーはFreund氏に電話を折り返しかけてきて、バフェット氏向けに株を購入したことを告げました。Freund氏は、‘他の顧客であればその場合望むようなこと’、‘バフェット氏を起こし、取引の詳細を告げる’様なことはせずに、布団をかけなおし、再び眠りにつきました。 規定の申告によると、最終的にバフェット氏は総額4億8800万ドル分のポジションを構築しました。

バフェット氏は、一人の投資家として、“理にかなった”状態を維持する最良の方法として、意図的に湾岸(ウォールストリートを指すと思います)とは別の世界にいることを続けています。もし彼がある会社に投資することに興味を持った場合、彼は自分でファイナンシャルを勉強します。「私は、良い環境を作っています」「私がしなければならないことは、考えること、そして、他の人の影響を受けないことです。」

昨年、バフェット氏は、彼個人の取引口座向けに、買い始め、最終的に韓国の約20社の株を投資総額として1億ドル分投資しました。彼は、投資額はあまりにも小さいのでBerkshireのポートフォリオには適切でないと言っています。「離れて投資するものとして、これらはBerkshireの規模ではない」と語っています。

Citigroupがいくつかの顧客向けに用意した、韓国でまとめられた参考文書を一枚一枚を目を通しながら、彼は、(名前は明らかにされていない)それらの株を選択しました。その文書は、公開されている企業の情報が1ページにつきそれぞれ記載されているものです。「非常に低い収益倍率(注:低いP/E)、そして時として多くの余剰金と言うボーナスが追加されている見込みのある企業を探します。」と彼は述べています。株価が上昇した後、それらのいくつかは処分しています、一方で、彼はそれらはまだ安いと言っています。

(引用、一旦終わり)

今回も長い文章お付き合いくださいました方々、ありがとうございます。ちょっと中だるみ気味な部分もありますが、興味を引いた部分もあったかと思います。(なかったらすみません)以下の様な点、部分が私にとっては興味を引きました。

- バフェット氏の車とナンバープレート (プレートは米国では多少お金を払うと(高額ではないです)好きな文字を使うことができます。”THRIFTY"はバフェット氏らしい単語だと思いま
す。
- バフェット氏は仕事でPCを使わない (少なくとも2005年の時点では)
- バフェット氏はCNBCを見る(当時はCNBCだけでしたが、FBNも今年から始まったので、もしかしたら今はFBNかもしれません。)
- ペトロ・チャイナ株購入の部分 (これが2年前の時点だと言うことが重要だと思います。)
- 韓国の株購入の部分 (Citigroupがんばってますね。日本は?)

あと、もう一度で終わります。次の方が私にとっては印象的な話がありました。明日、エントリーする予定です。

バフェット氏の話 (WSJ記事より) 

お待たせいたしました。投稿予定していたWSJのバフェット氏関連の記事の第1弾です。

今週の半ば頃、‘投資を楽しむ‘でリンクされていた、NightWalkerさんのNightWalker's Investment Blogの「バフェット氏は韓国に夢中」と言うタイトルのエントリーを見て、バフェットさんの韓国投資に関して、少し調べてみようと思い、サーチしたところ、この記事を見つけました。

記事のタイトルは、“Warren Buffett, Unplugged”で、元々の目的の韓国の投資に関しては、簡単に述べられている程度だったのですが、バフェット氏の2005年当時の近況、投資手法、経営手法、いくつかの主要な投資案件(ペトロチャイナの話も入っています。)等、幅広く取り上げています。実は、この記事を読んで、初めて知ったことも結構ありました。以下は、そのいくつかの例です。

- Berkshireの従業員数
- バフェット氏のBerkshireの経営手法
- バフェット氏の投資の決断を下すまでのプロセスとその時間

少し長い記事なので、どの様に取り上げようか、考えたのですが、内容も非常に良くまとまっているので、全文を取り合えず、訳してみようと思っています。取り急ぎ、第1弾として記事の始めの部分を訳したものを以下に記します。最初の方は、割と一般にも知られている所なので、それ程の内容ではないかもしれませんが、、、私にとっては、ちょっと新鮮な驚きを覚えた箇所もありました。もしかするとかなり長い文なので、どの位の方がご興味を持って読んでくださるのか不安ですが、皆様にとっても、ご興味のある部分、参考になる部分があれば幸いと存じます。

Warren Buffett, Unplugged
By SUSAN PULLIAM and KAREN RICHARDSON
The Wall Street Journal
November 12, 2005

(以下は、上記WSJの記事の抄訳です。一部、英語と日本語での表現の違いの関係から、直訳ではなく、若干変更している部分があります。できるだけ本来の記事の内容に則したつもりですが、英語を読むのが苦でない方は、上記記事の原文を是非お読みください。)

ネブラスカ州、オマハ – 

億万長者で保険会社を経営するウォーレン・バフェットは、この夏、彼の事務所にいた時、今までに一度も聞いたことのない会社から、ファックスの文書を受け取った。その文書は、遊戯用の自動車を製造するインディアナのElkhartにあるForest Riverと言う会社の相談役からだった。 文書は、バフェット氏に会社を8億ドルで売却する提案だった。

バフェット氏が目にしたものは彼の好むものであった: その会社は大きな市場シェアを持ち、そして借金は少なかった。

翌日、バフェット氏は、Forest Riverに買収提案を行ないました。そして、それは創業者Peter Liegl氏に引き続き経営を任せると言うものでした。 一週間後に行われた20分間の打ち合わせで、彼はその案件を非公開の価格で買い取ることに合意しました。 打ち合わせの最後の取りまとめの時、バフェット氏は、Liegl氏に、年に2回以上の頻度で彼から連絡があることはないと言いいました。Liegl氏曰く:「自分の事業を売却することが、運転免許を更新するよりも簡単でした。」

何十年もの間、バフェット氏は、Berkshire Hathaway社を運営するのに、自分の直感に頼ってきました。1360億ドル(1ドル110円換算で約14兆9600億円)の巨大な投資を扱う彼の仕事のやり方は、他の近代の巨大な金融企業のものとは似ても似つかないものです。彼は、一日の殆どの時間を彼の仕事場(事務所の中)で過ごします。そこにはコンピュータはありません。彼は、ミーティングやアドバイザーを使用せず、投資法を定型化せずに、すばやい投資判断をくだします。また、彼はマネージャーからの頻繁な報告を求めません。時々、電話を取って、彼のブローカーに電話して、1億ドル(約110億円)またはそれ以上の取引をします。

つい最近の水曜日、彼は、たった13の電話、内一つは間違え電話、を受けただけでした。緊急の折要った話を彼の部下とすると言ったようなことはありませんでした。彼は、彼の友人のビル・ゲイツの誕生日パーティーに使う“Love Me Tender”に合わせた新しい歌詞の吹き替えに取り組む時間がありました。そして、(バフェット氏の住む)オマハの新聞配達の少年から教わった新聞投げのテクニックを披露したりしていました。

バフェット氏が年を取れば取る程---彼は8月で75才になりました---無駄を省いた最小限のアプローチが増え、それがBerkshireに対する疑問をさらに生んでいます。彼の後継者が、どの様にして、バフェット氏の頭の中のBerkshireのDNAを引き継ぐことができるのか?そして、Berkshireの子会社による問題視されている取引に対する調査によって目覚めた疑問、異なる(企業)運営方法がBerkshireをトラブルから救うのでは?等など。。。

バフェット氏は、近々に退任(引退)する様な計画はない、後任者の任命もするつもりはない、と言っています。 マイクロソフト最高経営責任者でBerkshireの取締役のゲイツ氏は、バフェット氏の真似することが困難な経営スタイルを賞賛しています。「彼の他に誰ができるか考えることは、すごく当惑を覚える難しい問題だ」

その不確実な部分は、一部の外部の人々にとって問題視されています。4月に、Fitch Ratingsは、75億ドルのBerkshireの高い投資グレードの負債の先行きのレーティングについて、”ステーブル(安定)“から“ネガティブ(否定的)”に変更した。クレジット・レーティングの会社FitchのアナリストのDonald Thorpeは、バフェット氏の才能/才覚は、簡単に置き換えることはできない、また、Berkshireの現在の投資戦略は彼がいなければ持続することはできない、と考えています。

バフェット氏の会社は大きくなり続ける一方、バフェット氏は、ここ数年の間で彼の日々の過ごし方は少し変わってきたと語っています。彼は、平日の殆どを、物事を考えたり、読み物をして過ごしている、と語っています。いくつかの意味深い電話の会話をし、たいていの日は、いくつかのBerkshireの子会社の経営者と話をしたりしています。彼は、打ち合わせは殆ど行いません。「何もこれと言った事柄・問題はありません」と彼は、彼の仕事場での日々について語っています。

バフェット氏は、個人の試算評価額として430億ドルを所有し、ゲイツ氏に次いで、世界で2番目にお金持ちです。かれの55年近い(投資の)履歴が、彼を歴代で最高の投資家の一人と見なされ、Berikshireの株主から絶大なる信任を受け、そして彼の動きを追従する多くの投資家達が現れています。

バフェット氏は、1951年から、一年で平均でおよそ31%の投資リターンを獲得している計算となります。Standard & Poor’s 500の同様の期間での平均リターンは、年11%です。1965年に1000ドル(約11万円)の投資をBerkshireにした場合、その価値は今日の時点で500万ドル(約5億5千万円)になります。過去10年間で、Berkshireの株価は3倍になっており、同じ期間のS&P500のリターンは2倍です。ここ数年、バフェット氏が市場の状況に対する用心から現金の保有額が増えており、そのため会社の伸びは緩やかになっています。

彼が31%を所有するBerkshire Hathawayは、巨大で複雑な事業を行っています。Coca-Cola, Wells Fargo, American Expressの大株主です。そして、保険、アイスクリーム、煉瓦等、多岐にわたる42の子会社を所有しています。

バフェット氏は、これらの会社は彼からの介入や企業戦略やゴールを統合するために削減を余儀なくされる様なことなくして、独自に経営されるべきだと考えています。

(コメント) 通常、企業を買収、統合する場合は、その企業への経営に介入、経営統合などによる人員削減等を行うことは一般的です。バフェット氏のアプローチはそれらとは、まったく異なり、ユニークだと思います。

このアプローチは、GEの経営最高責任者Jack Welch氏とは、一線を引くものです。Welch氏の場合、経営陣の分権化(非中央集権化)は行うものの、彼のマネージャー(各子会社経営陣、事業責任者)は厳格なゴールの達成を義務づけられ、細かくモニターされています。マイクロソフトの場合、世界中にある事業所、事業部は協力して、会社の製品がお互いにあったものになる様に、取り組むことが求められています。

Lipperにより追跡調査されている米国の株式のミューチャルファンド7063の内の上位8以外と比べ、どれよりも大きい(要は規模として、ミューチャルファンドのトップ10に相当する)Berkshireの450億ドルの株式投資ポートフォリオを運用する仕事は、殆どの投資会社のものと比べ、はるかにシステマチックではありません。Berkshireは、投資コミッティー(委員会)あるいはアセット・アロケーションのガイドライン(指針)といったものはありません。バフェット氏は、アナリストやアドバイザーと会ったりはしません。

その大きさにも関わらず、Berkshireはパブリック・リレーションズ(広報)、人事、投資家向け情報担当(IR)、また、法務部といったものを持ちません。四半期の投資家・アナリスト向けのカンファレンスコールは行っておらず、そして、将来の利益見込みなどを公表したりしていません。本社はたった17人の従業員だけです。

(Berkshireがそんなに小さい規模だとは知りませんでした。尚、Berkshireの子会社の総従業員数は、この当時18万人いた、とのことです。)

Berkshireの監査部はワン・ウーマン・ショー、53才のRebecca Amickの一人だけです。Berkshireの250億ドルの債権ポートフォリオと165億ドルの外国為替投資の取引を、44才のMark Millard、たった一人の従業員、がバフェット氏の指示を受け行います。

Marc Hamburg, 56才の最高財務責任者(CFO)が、Berkshireの42の子会社・事業部門が作成したファイナンシャルレポートを管理し、SECへの規定の報告を行っています。彼は、数週間前まで、ニュース・リリースを書いて、ファックス機を使用してメディアに送ったりもしていました。Hamburg氏は、7人の部下を抱えています。たいていの大きな会社の殆どが、彼の行う業務のそれぞれに対して、数ダースの従業員を抱えているのと比べるとはるかに少ない部下の数です。

バフェット氏は、会社のそれぞれの事業部門のトップに対して、彼向けに特別なレポート等を作ることは一切しないようにと言っています。一例としては、Berkshireが食品の卸売り供給業のMcLane社を2003年の5月に買収した時、バフェット氏は、Grady Rosier最高経営責任者に対して、その前のオーナー、Wal-Mart向けに作成した報告書と同じ形式でBerkshireに提出することでかまわないと言いました。Rosier氏は、バフェット氏は、詳細な情報を要求する様なことは一切されない、と語っています。「ウォーレンは私を呼びつけたりはしません。」と言っています。

最近Rosier氏は、二つの会社のジェット機について相談をしようとバフェット氏に電話をかけました。「ウォーレン、私は1981年製と1982年製の二つのLearjetsを持っています」「それらは、もう25年近く経過しています、そこで、私は新しい飛行機を買おうと思っているのですが、問題ありませんか?」とバフェット氏に尋ねました。
「それはあなたが判断することです。あなたが経営する会社の事です。」とバフェット氏に言われました。「Wal-Martも、我々を独立した会社として扱ってくれました。しかし、この様な形ではなかったです。」

(引用、一旦終わり)

長い文お付き合いくださいましてありがとうございました。

この記事で書かれている様に、バフェット氏の経営スタイルは、通常のものとは大きく異なります。私は知りませんでした。私は、Berkshireが買収により、多くの企業を傘下に治めていることは知っていましたが、経営に関しては買収前の状態を尊重し、細かい管理は一切しないと言うのは、読めば、バフェットさんらしいとは、思いますが、ちょっと新鮮な驚きを得ました。上に書いてある以外にも、経営陣とのやりとりで、興味深い話が以後続きます。また、Berkshireの従業員数が17人とは、、、びっくりしました。少数精鋭なのでしょうが、それにしても、驚きました。


この記事は、まだ、続きます。
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