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バフェットからの手紙 (3)- 2007年版 

昨日のエントリーの続きです。
2008年2月29日に掲載されたウォーレンバ・フェット氏の株主向けの文書をセクション毎に訳した物です。
http://www.berkshirehathaway.com/letters/2007ltr.pdf

Acquisitions (企業買収)

我々のマネジャー達(子会社の経営陣達)はベストかもしれませんが、我々の望む事業収益の伸びを達成するためには、我々は大きく意味のある買収が必要です。この点において、我々は2007年の最後になるまで、少ししか進捗がありませんでした。そして、クリスマスの日、チャーリー(Charlie Munger氏)と私は、バークシャーの歴史の中で最も大きな現金購入の契約にこぎ着ける事となり、最後になってやっと我々の支払い小切手を手にする事ができました。(ペイチェックは、通常、従業員の給料支払いの小切手を意味します。ここでの意味は、バフェット氏の場合、買収した企業の収益を重視するので、手に入れた企業を小切手に例えていると思います。)

この取引の種は、1954年に蒔かれたものでした。その年の秋、新しい仕事についてたった3ヶ月の私は、私の雇い主のBen GrahamとJerry Newmanの指示で、ブルックリンにあるRockwood Chocolate(ロックウッド・チョコレート)の株主総会に出席しました。ココアを元にした品々の組み合わせを製造するこの会社は、若い人が経営権を手にしたばかりでした。(経営権を手にした後)彼は、80ポンドのココアの豆をRockwoodの一株につき提供する、他では見られない提案を始めていました。

私は、1988年のアニュアルレポートの中の鞘取りを説明したセクションでこの取引を記述しています。私がそこで語った(書いた)様に、Jay Pritzker - 上で述べた若い人 - はこの税金に有効なアイディアを考案したビジネスの天才でした。また、このアイディアが、Rockwoodを買収しようとしていた私の上司のBenとJerryを含む他の専門家達を退ける可能性となりました。打ち合わせでは、Jayは友好的で1954年の税制について教えてくれました。私は、非常に感銘を受けて帰りました。

その後、Jayの手がける多くの、そして素晴らしいビジネス取引を非常に強い興味をもって(渇望して)見ていました。(追いかけていました)彼の重要なパートナーは、Pritzkerの事業のほとんどを有するMarmonグループを50年近く経営していた彼の兄弟のボブでした。

Jayは1999年に亡くなりました、そしてボブは2002年の初めに引退しました。そしてその頃から、Pritzker家は、9つのセクターを通じて125の事業を営む会社Marmonを含む(事業の)所有権を再構築あるいは売却を徐々に進める事を決めました。Marmonの最大の子会社はUnion Tank Carでカナダの同業社と合わせて94000の列車を所有し、様々な運送業に貸しています。

この企業連合の基本のコストは51億ドルです。Marmonは、70億ドルの売り上げと2万人の従業員を抱えています。我々は、近いうちにMarmonの6割を購入します。そして6年以内に事実上残りのすべてを取得します。我々の最初の支払額は45億ドルになります。そして、その後の購入価格は収益と連動した(計算)式を基にして決まります。

我々との商談が行なわれる前に、Pritzker家はMarmonの所有する現金、投資、そして特定の事業について詳細な検討を重ねました。

この案件は、Jayが好んだ方法で行なわれました。我々は、Marmonの決算関連の書類のみを使用し価格を決めました。アドバイザーやその他決定を送らせる様な第3者を雇ったりはしていません。私は、ビジネス(事業)は、Pritzkersが示した全くその通りだと確信しています。そして、彼らは、混乱した金融市場にもかかわらず、我々が約束を守ると確信しています。

昨年1年間で、多くの案件が再交渉または完全に破棄されています。Pritzkersとバークシャー、双方共に、取引は取引です。(商談で合意した約束は守る、と言った意味だと思います)

MarmonのCEO Frank Ptakは、長年の同僚(同業の知り合い)のJohn Nicholsと密に仕事を行ないます。Johnは、Illinois Tool Works(ITW)の非常に成功した前CEOで、そこで彼はFrankと一緒に複数の組合わさった工業のビジネスを経営していました。ITWの記録を見てみて下さい;感銘を受ける事でしょう。                         

Goldman SachsのByron Trott - 彼が称賛し、私が感嘆した2003年のレポート - がMarmonとの買収取引の処理を行ないます。Byronは客の立場に立つ、まれな投資銀行家です。チャーリーと私は彼を完全に信用しています。この商談についてGoldman Sachsがつけたコードネームを気に入って頂けると思っています。

Marmonは1902年に自動車の事業に参入し、1933年に撤退しています。その間に、Marmonは1911年に行なわれたインディアナポリス 500のレースで優勝した車、Waspを製造しました。そこで今回の案件は、”インディ 500”と名付けられました。

2006年の5月、私は傘下のシアトルを拠点とする宝石チェーンのBen Bridgeの昼食会でスピーチを行ないました。出席者の多くは投資家で、その中に金の装飾品を製造する会社の社主Dennis Ulrich氏もいました。2007年の1月、Dennisは私に電話をかけてきて、バークシャーの協力を得られれば、彼は大きな宝飾品の供給会社を作る事ができる、と提案してきました。我々は、すぐに彼の事業との取引を行ない、同時に同程度の規模の供給会社を購入しました。(Dennisの会社は元々製造のみだったためだと思います)

新しい会社、Richline Groupはその後二つの小さな買収を行なっています。それらを含めても、Richlineは、我々が買収する上で通常求める収益の境界線(下限)より遥かに低い収益です。しかし、私は、デニスは - 彼の相棒のDave Meleskiの協力を得て - 大きな事業を構築し、投下した資本に対して良好な収益を(将来)獲得する、事を期待しています。

(コメント)
ちょっと体調が悪いので、文章の見直し等が十分できていません。乱筆乱文、ご容赦下さい。後で、見直す予定とコメントを加える予定ですが、取り急ぎ暫定版として投稿します。


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